大判例

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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)953号 判決 1975年8月21日

控訴人

株式会社大森商店

右代表者

大森治

右訴訟代理人

高野作次郎

外三名

被控訴人

江口商事株式会社

右代表者

児玉英一

右訴訟代理人

中筋一朗

外三名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一審、差戻前の控訴審、上告審、差戻後の控訴審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所の判断は、次に附加訂正するほか原判決理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決九枚目表一三行目の「竹次郎」を「竹治郎」と改め、九枚目裏三行目の「一、二」の次に「、同証言」を、同八行目の末尾に「控訴人は被控訴人主張の整理は不当整理であると主張するが(当審昭和四二年七月一七日付準備書面)、右主張を肯認するに足る証拠はない。」を、同一二行目の「証言」の次に「控訴会社代表者本人の原審供述、当審証人土井貞三の証言」を各挿入し、一〇枚目裏三行目から四行目にかけての「後記認定のとおり」を「原審証人戸田栄一、当審証人土井貞三の各証言によれば」と、同行目の「おり」を「いることが認められ」と各改め、同九行目以下を次のとおり改める。

四そこで次に被控訴人の民法一一〇条に関する主張について判断する。本件契約が締結され、取引が開始された昭和三五年四月当時、土井が控訴会社の内地部所属の従業員として、商品の受渡し、代金の受領等に関する事項につき控訴人を代理する権限を有していたこと、土井が権限なくして控訴人を委託者とする本件契約及び特約を締結し本件取引をしたことは前認定のとおりであるので、以下被控訴人が土井に控訴人を代理して本件契約を締結し本件取引をなす権限があると信ずべき正当の理由を有したかどうかについて考える。

(一)  <証拠>によれば、前記商品信用取引約諾書、差入書、念書には控訴会社内地部において、受渡メモ、請求書等に押捺するため通常使用されている控訴社会名を刻したゴム印及び角印が押捺されているけれども、控訴会社代表者名を示す記名押印はなかつたことが認められる。ところで、商品清算取引は、通常その金額も相当巨額なものとなり、また、相当長期間にわたつて継続的に行われるものであるとともに、資力のない者が他人の名を冒用して投機に走ることも決して稀なことがらではないのであるから、商品仲買人としては、このような場合、取引の相手方である会社代表者の記載がないことに不審の念を抱き、取引の衝に当つた者に契約締結をする代理権限があつたかどうかを会社に一応照会するなどして、その意思を確める義務があると解するのが、取引の通念上相当である(本件差戻前控訴審判決に対する上告審判決)。この理は、受託契約準則の改正により、約諾書の徴収が義務づけられる以前でも変りはない。しかるに、被控訴人がそのような措置をとつた形跡はない。すなわち、<証拠>によれば、戸田及び被控訴会社常務古沢春雄が本件契約締結の直前控訴会社代表者(当時)大森信造に会つたことは認められる(この認定に反する右大森の原審供述は措信しない。)が、その際及びその後、再者の間で本件契約そのものが話題になつた事実(従つて土井の代理権限の有無が話題になつた事実)は右各証拠によつても認めることができず、他に右措置をとつたことを認めるに足る証拠はない。

(二)  <証拠>によれば、本件取引継続中右取引により現実に生じた損金の支払を担保するための委託追証拠金として、数回にわたり控訴人の裏書のある約束手形(後記のとおり、すべて、土井が横領又は偽造したものである。)が土井から戸田に交付されたこと、右各約束手形は土井の求めによりいずれも満期前に現金と引かえに同人に返却されていることが認められるが、このことは、本件取引が控訴人に内密で行われていることを示すものである(約束手形を証拠金として預つたことの異状性はしばらくおき、右返却要求は、手形の呈示により本件取引の存在が会社に知れることを防ぐ措置と考えられるから)。

(三)  <証拠>によれば、右約束手形の差入、返還、損金の支払、益金の受取等はすべて路上、喫茶店、食堂、人気のない時の控訴会社内等で行われ、控訴会社の経理部を経由したことを示す領収証の交付等もしていないことが認められるが、このことも、また本件取引が控訴人に内密で行われていることを示すものである(<証拠>によれば、控訴会社は総務、経理、内地、綿花の四部を有し、年間取引額五〇億円、内地部の従業員数二〇名であることが認められる。このような規模を有する会社において、金銭の出納が経理部を経ないで行われることはあり得ない。)。

上記認定によれば、被控訴人の外務員戸田は、本件取引は土井を代理人とする控訴人の取引ではなく、控訴人の名を冒用してなされた土井個人の取引であることを知つていたものと認めるのが相当であり、被控訴人が上記正当の理由を有したことを認めえない。

被控訴人は、正当の理由として(1)戸田がアヤハ商事の外務員であつた頃、控訴人が土井を担当者として戸田を通じてアヤハ商事との間に各種商品の清算取引を委託する契約を結び、これに基づいて本件取引と同じ仮名を用いて清算取引をした事実、(2)前記古沢春雄が控訴会社社長に取引開始の挨拶をした事実、(3)戸田が毎朝土井に電話で商品相場の動きを伝え、土井が控訴会社の黒板にそれを書き込んだ事実、(4)本件取引の清算について、一部控訴人が取引先から取得した小切手でなされたものがあり、又委託追証拠金として受領した約束手形には控訴会社代表者の裏書が存する事実、(5)本件取引については証拠金の預託を受けず、手数料も一般より安かつた事実を挙げるが、(1)については、被控訴人主張の取引は、本件取引同様土井が控訴人の名を冒用して行つたもので、控訴人は右取引につき責任を負つた事実のないことが<証拠>により認められ、(2)については、控訴会社社長と古沢との間で本件取引につき話し合つた事実のないこと前認定のとおりであり、(3)については、<証拠>によれば、土井は戸田との電話連絡に際し通話内容が人にきかれないように低声で応待したこと、相場を黒板に記入したことは稀にしかなく、それも綿糸の相場に限られていた(控訴人は綿糸を取扱う業者であるから、綿糸の相場を書き込むのは怪しいことではない。)ことが認められるから、被控訴人主張の土井の挙動から、控訴人が本件取引の存在を察知したとは考えられず、(4)については、乙第七号証によれば被控訴人主張の小切手、約束手形はすべて土井が横領するか偽造するか(裏書部分を含めて)したものであつて、控訴人の意思に基づいて被控訴人に交付されたものでないことが認められ、(5)については、被控訴人主張の事実は、本件取引が控訴人の名でなされたことから生じた結果であつて(差戻前の当審証人滝竹治郎、同今井真十郎の各証言によれば、当時取引所会員の取引は証拠金の預託を受けず、手数料も三割引とするのが例であつたことが認められる。)、真の取引主体が控訴人であることを示すものではない。従つて、被控訴人主張の各事実は上記正当の理由否定の判断を左右しない。

五被控訴人の商法四三条の主張について

前認定の事実によれば、土井は控訴会社の内地部の業務(商品の受渡し、代金の受領等)に関しては包括的代理権を有していたものといわなければならないが、商品の清算取引に関してはこれを有していなかつたことが認められるから、本件に商法四三条の適用はない。

六被控訴人の商法二三条の主張について

前認定の事実によれば、土井は控訴人に無断でその名を使用し本件取引を行つたもので、控訴人がこれを許諾したことはないのであるから、本件に商法二三条の適用はない。

七被控訴人の予備的請求について

(一)  被控訴人主張(一)の損害について

本件取引は土井の職務権限に属しないこと、被控訴人の外務員戸田がその事実を知つていたことは前認定のとおりであるから、控訴人は右取引につき土井の行為によつて生じた損害を被控訴人に対し賠償する責任を負わない。

(二)  被控訴人主張(二)の損害について

<証拠>によれば、土井は、昭和三八年一二年二九日前記委託追証拠金として被控訴人に差入れていた約束手形六枚(すべて振出人欄、裏書欄とも土井が偽造したものである。)を、小切手と交換するからといつて戸田から受け取つてこれを焼却した事実が認められるが、右土井の行為は本件取引につきなされたものであるから、(一)にのべた理由で、控訴人は土井の右行為によつて生じた損害を賠償する責任を負わない。

八以上の認定によれば、被控訴人の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと異なる原判決は取消を免れない。よつて民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 和田功)

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